発達障害

親の価値観を常に聞いて育った過去があり言葉をそのまま受け取っていた

「大学にこだわらなくて良い」と一方的に教えられた私

幼少〜小学時代、親から「勉強を教えない教育」を受け過ごした私

私の親は子供の幼児教育、家庭学習には全然力を入れませんでした。

英語教材セットや図鑑セットなどは頼まなくても買い、好きでもないピアノを習わせ、ピア二ストのリサイタルやオーケストラのコンサートに連れて行かれ美術館めぐりもしましたが。

悲しいことに私は美術や音楽など全く興味がなかったのですが、親は芸術の道に進ませたかったようです。

母は高校生の頃、父親(小学校の校長)のつてで東京芸術大学教授に3ヶ月集中して教えてもらい、「デッサンと実技は東京芸大に入れるレベルに到達してる」と褒めてもらったのも影響してると思います。

母は自分が芸大に行けると思ったので私にもぜひさせたいと勧めただけかもしれませんが・・・。

そして両親とも国立大学卒なのになぜか「大学にこだわらなくていい」と小さい頃から教えられて育ちました。

小学2年〜6年までヤングケアラー(生活は家事中心の生活)

母は体が弱く、入退院を数回したり病状が悪い時は自宅で安静にしなければならない事もあって、私は小学2年生の頃から母にかわって洗濯、料理、掃除、お風呂の用意等をしていました。

小学6年生ごろまでそのような状況が続きました。

姉が料理を作ると2時間以上かかり、父が「仕事で疲れて帰ってきてるのに、まだできないのか?!」と怒るので、自然と私は料理をてきぱきとこなせるようになっていました。

父も私をすっかり頼るようになり、「父に怒られないようにしよう」とその事ばかり気にしながら私は家事をして過ごしていました。

中学入学当時私の偏差値は30台

そして家庭教育は全く受けず勉強もしなかった為、私は中学2年生まで学力は最低でした。

母は、大学進学する女性はまだまだ少数で珍しかった昭和初期に国立教育大学を卒業し、結婚するまで私立中高一貫女子校の教師(数学、美術担当)でしたが家で教えるのはしんどかったんでしょう、ほとんど教えてくれませんでした。

父も国立大学薬学部を出て勉強をたくさんしてきた人(大手製薬メーカーの研究室勤務で20〜30代の頃は新薬開発に携わっていた)なのに私が「わからないから教えて欲しい」とお願いしても仕事で疲れて面倒なのか嫌がって全く教えてくれず、なのにテストの点数が悪いと「なんでこんな点数とってくるんだ?これくらい簡単なのがわからないのか」と怒りました。

教えてくれないのに「なぜ勉強できないんだ?」でも「大学にこだわって無理して行かなくていい」と相反する矛盾した教育で私の心はわからなくなっていました。

塾や予備校に行かずに国立大学にいったことを常に自慢していた両親

私の両親は二人とも、塾や予備校に行かずに自分で勉強して国立大学に進学したのですが、いつも「受験なんて自分で勉強したらできる」と言っていました。

なので私たち姉妹は「塾や予備校」というものには行かされたことはありませんでしたが、姉だけは音楽系の大学を目指すために国立芸大の教授のところにピアノを習わせていました(その後中学2年の時私だけ塾に短期間通っていた)。

受験した時代や問題の難易度なども違うし親の意見が必ずしもその通りじゃないと今は分かりますが、当時は親から言われたことは本当だと信じてしまっていたので疑う余地もありませんでした。

そのほかにも自分たちは国立大学に進学したことを日頃から子供に自慢しておきながらも「国立大学以外行く必要ない」と言ったり、揶揄して名付けられた他大学のネーミングを私に教えたり、大学時代の輝かしいエピソードや親戚の高学歴自慢を耳が痛くなるほど同じ内容で毎回聞かされていました。特に母は自分が一番輝いていた大学時代〜教師をしていた時のことを何度も何度も繰り返し子供に自慢していたので、もしかすると私と同じ発達障害があったのかもしれません。

中学2年生の時、親は勉強しない私を進学塾に無理やり入れたけど私には授業の内容が全く頭に入らなかった

自分の子供も勝手に勉強したら賢くなるだろうと思われたのかわかりませんが、親は子供の勉強のことは放ったまま私は中学生に成長していきました。

私が幼い頃から悩んでいた症状に「うちの子は大丈夫」と親は気がつかないフリをしていた

自分たちもできたんだから子供も勉強できるはず、うちの子にかぎってそんなことはないだろうとそんなバイアスが両親にかかっていたんだと思います。

成績が悪くても全く勉強しない態度に我慢できなくなったのか、中学2年の時に有名進学塾に私を無理やり入れたのですが、それでも私は勉強しませんでした。

母親は仕方なく私に家庭教育をする事になったのですが・・。

実は私は人の話を最後まで聞けない症状があるんです。

なので塾に行っても先生の講義している顔を見てると授業の内容がどこかにいってしまいます。

塾のテキストも、授業と併用して先生の話を聞かないとわからない内容になっていたので読んでも分かりません。

おまけに私は本を読むと途中から飛ばして自分の視界に入る部分しか目を通さないので、きっちりと全文読めないのです。

塾でもダメでした。

現在は病院で発達障害の診断をされたことでわかりましたが、当時はまだ子供だったので何故か集中できない辛さを抱えていました。

大好きな母から「自分で学習することの大切さ」を知るがなぜかもやもやしたものが気持ちの中にあった

でも中学1年になった頃、母親から直接家庭教育を受けたら成績がすごく上がったんです。

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母は私の注意散漫なところなど長年私の様子を観察出来たからか、そのことに配慮して的確に教えてくれたからかもしれません。

勉強そのものを教える事より「自主的に学習する事(自学力)」を教えてくれました。

私は意外とこのことが大事な事に気がついていなかったんですね。

当時の塾の先生だとこうはならなかったでしょう。

いくら優秀な先生でも自分の場合は無理だったし、勉強への気づきとして「やはり家庭教育は必要だった」と私は思います。

お子さんのタイプによるかもしれませんね。

本当に子供の教育って難しいと思うんですけど、親の適度な干渉って大事なんじゃないかな?と思います。

そして成績が上がって無事志望校にも合格して入学したのですが、なんとなく心の奥底に植え付けられた「大学なんて国立以外行かないもの」という気持ちが常に私を縛っていました。

父の価値観を押し付けられて育つと自然とその通りになる〜言葉をそのまま受け取ることの弊害〜

私は幼い頃、父から「大学なんて国立大学以外行かなくていい。大学にこだわらなくていい」と耳が痛くなるほど聞かされて育ち、高校生になると自然と大学進学に興味がなくなっていました。母も「お父さんのいう通り」と賛同していました。

毎日一緒に生活している親に常に大学へ対する否定的な言葉を聞かされ続け、無意識にその通りに行動している自分がいました。節約していた母を見て育ち、経済的に厳しい家だと思い込んでいたので私立大学に行くことは私の考えの範疇にはありませんでした。

今はネットで検索して情報を入手できる時代ですが、当時は書店や新聞、TVで仕入れる事しか出来なかったので本を読まない私には親の言った内容の情報量しかありませんでした。

40代を過ぎて発達障害の一つ、ASD(アスペルガー症候群)が自分にあることを知ったので、この時のことを思い出すと「言葉をそのまま受け取りすぎていた」と今はわかります。

大人からするとなんでもないと思われる言葉でも子供はものすごく傷つくことがあります。

これから子育てされる方はどうか言葉に配慮して子育てして欲しいなと思います。

  • この記事を書いた人

巣ごもりママ

乳がんになりブログを始めた主婦(発達障害ASD・ADHD有り)です。 公立中学から灘高校へ進学した息子の幼い頃〜現在、そして大学受験の事が主な内容です。 遊んでいた知育玩具や問題集、夫の趣味(PC)などのせています。

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