思う事

偏差値を30台から65に上げた母

 

偏差値が30台でも勉強しなかった

私は小学生から中学生1年になったばかりの頃、勉強はほとんどしませんでした。

中学入学後の最初の個人懇談で「このままだと県下位の学校しかいけませんよ。」担任の先生に怪訝な表情で言われました。

先生は現在だと偏差値30台くらいの学校名を挙げられました。

付き添いできていた母は「そうなんですか・・。」とがっかりし、下校途中の私に「勉強できなくてもいいのよ〜、高校は進学したらいいし大学が全てじゃないから。」と言っていました。

父が「駅前の進学塾に入って勉強しなさい。」というので、某有名進学塾に仕方なしに入ったのですが・・・・・。

 

成績は悪かったのになぜか入れました。集団授業で最下位のクラスです。

先生の顔を見て授業を受けていたのですが全然話が頭に入らず、気がつくと先生の服の方に集中してしまったり、先生の話を最後まで聞けないので周りの生徒の様子を伺ったり気が散って全然頭に何も入りませんでした。

ただ、黒板に書かれた文字をノートに書いてたのですが、先生の話を聞いてないのでノートをとっても「何でこれを書いたのか」がわからなくて、テキストもその場で読もうと思っても周りに気が散ってめんどくさくなり途中から飛ばして読んでしまうので、結局何も理解できないまま1ヶ月通っていました。

頑張って通っていたのですが、「一体私は何をしに塾に行ってるんだろう?」と疑問に思うようになり、「無駄だ。」と思って両親に「もう塾やめる。」と言いました。

 

すると親は「有名進学塾にいってるのになんでわからないんだ?」と不思議そうに聞いて来るのですが、「なぜかわからないけど、わからない。」としか答えられませんでした。

仕方なしに私を退塾させてくれましたが、その後も私が全く勉強しないので、さすがに心配したのか元教師なので母の家庭教師が始まりました。

一番大事なもの

母が「まず教科書だけ読んでご覧。教科書を何度も読むの。教科書が一番大事なのよ。数学は特に公式をちゃんと根底から理解できれば難しい問題も解けるようにできてるのよ。」と言われたので読みました。

確か中学の教科書がわからないのは小学校の教科書がわからないせいだと、小学6年の教科書からさせられました。

「読んだからどうなんのよ。」と思っていましたが、不思議です、少しずつわかるようになってくるんです。

一回だけでは途中飛ばし読みする癖があるので、何回も読みました。

すると少しずつ記憶したり理解出来る範囲が増えていきました。

写して理解する

特に顕著なのは数学、英語、理科、社会でした。5回ほど読むと、別の日に母が「次は教科書に載っている例題や公式を紙に書いて理解しながら写しなさい。」と言いました。

「写したからって覚えれんの?めんどくさ〜。」と思っていましたが、言われた通りに数学と英語だけ清書をしてみました。

図形のところは物差しを使って図形を書いていきました。公式も面倒ですが、書き写していきました。

でも不思議なもので、鉛筆で紙に書くとどうやら頭に入るようでした。

「お母さん、大体わかってきたけど。」と言うと、「じゃあ、次は教科書ガイドの問題を解いてみて。」と言うので、それも順序通りにやっていきました。当然わからないところは母が教えてくれました。教えてくれたのは数学の最初のほうだけです。他教科は教えてくれませんでした。

そうやって母の言う通りコツコツと公式を理解していくと、不思議なことも起こりました。

公式そのものをじっくり深く追求すると、本当に母のいう通り難しい受験の問題も解けていったのです。

「あ、これか、母の言っている事は。」と思いました。
受験まで時間は全くなかったのですが、焦らず一つ一つの公式をじっくり「ここは、どうしてこうなるんだろう?」と考えながら公式そのものをしっかり理解すると後の問題は応用すれば良いということがわかりました。

姉から面白い学習本を見せてもらう

当時姉も私のことを心配してくれたのか、社会の学習本を教えてくれました。「すごく面白い日本史と世界史の本あるよ。」と見せてくれて、本当に笑うほど面白かったので(内容が脱線している箇所が多くふざけていましたが)その本で自然と覚えていきました。

みんなで受験合格 面白世界史 あこがれ共同隊 栗野邦夫 大和書房

いまからでもまにあう面白日本史 あこがれ共同隊 栗野邦夫 大和書房

みんなで受験合格 あこがれ共同隊

姉が笑いながらこの本を見せてくれた時、私は衝撃を受けました。

「こんな受験本あるんだ〜。」と思い内容が史実の逸話が面白く載っていて、言葉や用語の語呂合わせで登場人物をキャラクター化したり、手書きのイラストやコラージュ満載で、私は文字より絵などの視覚から覚えるのが好きだったので、この二冊はよく読んでいました。

当時は普通に書店に並んで売られていました。

これだけで世界史と日本史の成績が上がったわけではありませんが、この二冊がきっかけとなったのは間違い無いです。

この二冊がとても気に入ったので、英語の単語版も出版されたので、全部買って英単語はそれで覚えました。

私はこの本を中学生の頃に副読本として読んでいたのですが、息子に勧めると

巣ごもりSon
  参考書でこういう絵が多い本は気が散るから読めへんねん 文字だけでいい  
あ、そうですか・・・
巣ごもりママ

ですのでこの本は万人にはお勧めしません。普通の受験本では退屈で嫌だなあと思う受験生の息抜きの為の本です。字が小さめです。大学受験向けの本です。

少し大人な内容もありますので高校生からなら良いと思います。

というか高校生向けの本ですね。

1986年出版の本ですので古い内容ですし現在の試験とは範囲も違います。

あくまでも参考程度にお願いいたします。

数字が増えていくのが楽しみに

少し勉強のペースが上がってきたので、そこからは本屋に行き問題集や暗記本を自分で選んで勉強していきました。

勉強すればするほどテストの点数が増えていくし、偏差値の数字も増えていくので数字が増えていくのが楽しくて寝るのも惜しんで夜中の2時、3時まで勉強していました。

数学で100点近い点数を取るようになると、他教科もやったらできると思うようになりどんどん勉強していきました。

他教科も100点近い点数を取れるようになっていき、そしてこの頃には母の教え無しで学習できるようになっていました。

気がつくと中学2年の冬には校内順位で15位くらいに上がっていました。

担任の先生は「ものすごく成績上がりましたね〜。北大和高校も四天王寺高校も志望校にできますね。」と笑顔でおっしゃっていました。

家庭学習だけでも成績は上がった

母もすごく喜んで「勉強は頑張ればできるようになるんだから。」と言っていました。

当時は五ツ木模試だけ受けた記憶があります。5教科で偏差値65までいきました。校内順位は最高6位までいきました。

今は存在しない北大和高校は偏差値63でした。併願先に四天王寺高校普通科(当時、普通科は偏差値63〜65前後だったと思います。あまりよく覚えていません。)を選び受験しました。

結果はどちらも合格でした。

当時の北大和高校を受験した生徒の中で奈良県の公立入学試験問題の数学で100点を取ったのは私1人でした。

入学後のクラスの教室で担任の先生に「入試で数学100点の生徒がいる。◯◯さん、数学100点すごいね、嬉しいなあ。」とクラスのみんなの前で言われたのでわかりました。

数学の先生にも「奈良県の入学試験問題の数学100点取った◯◯かあ〜。将来◯◯大学の数学科目指したらいいんちゃうか。」と言われて恥ずかしかった思い出があります。

偏差値30台から偏差値65まで自力であげれたのは、姉と今は亡き母のおかげだなと思っています。

  • この記事を書いた人

巣ごもりママ

乳がんになりブログを始めた主婦です。(ASD・ADHD有り) 公立中学から進学した息子の幼い頃〜高校生の現在と大学受験の事が主な内容です。 遊んでいた知育玩具や問題集、夫の趣味(PC)などのせています。

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