思う事

奈良女子大学附属小学校を受験した時の話

東京の私立最難関大学に勤めていた伯父が突然家に来た

これは、息子ではなく私の体験です。

昔私の住んでいた地区は奈良女子大学附属小学校の通学可能区域だったので、周囲でも「◯◯ちゃんが受験したらしい。」という話が毎年あちこちで聞かれました。

私の母もそれを知っていたので、「奈良女子大学附属小学校を受験してみない?」と私に言ってきたので、あまりよくわかっていなかった私は「うん」と返事し、母が小学校に応募書類を送りました。

当時、父の兄で東京の某最難関私立大学の教授をしていた伯父が、奈良女子大学に講義か何かの仕事をしに何度か奈良に来て、いつも春日ホテルに泊まりにきていました。

母が「今春日ホテルに来てるみたいよ。伯父さん。」と言って理由は私も幼かったのでわかりませんが、伯父から1本の電話が入り、母が「そうなんですか〜!ぜひうちにお越しください。」とどうやら家に来るようでした。

その次の日伯父がうちに来て、自分の教えている大学の学生の話や自分の学術研究の話、そして奈良女子大学の話をしていました。

小学校受験に推薦があるのかと思った

たまたま母が「そういえば、◯◯が奈良女子大学附属小学校を受験するんです〜。」と言ったので、伯父が「そうなんですか〜。奈良女子大学に知り合いの先生がいるので聞いてみましょうか?」といい、「え?もしかして入学出来るかどうか推薦みたいなものがあるんですか?」と母が聞くと「そうですね〜、そんな感じですね。」とそのような話をしていたそうです。

後日連絡があり、「奈良女子大学ではそういうのをやってないそうです。お力になれなくてすみませんでした。」と伯父は謝っていたそうです。

母は「いえいえ、国立なので恐らく無理だろうと思っていました。わざわざ◯◯の為にありがとうございました。」とお礼を言っていました。

現在はわかりませんが、当時私立小学校の場合は推薦とかあったんだろうなと推測できる体験でした。

今は珍しいくじ引きで決めていた

そして受験日であるくじ引きの日がやってきました。母に寄り添って奈良女子大学附属小学校へ行きました。

今の制度とは違い、当時はくじ引きで決める方式でした。

ですので誰でも応募出来て受験勉強は必要ありませんでした。

確かあのジャラジャラ音が出て、赤い玉や白い玉が出るくじ引きでした記憶があります。

体育館に受験生の小さい子供がずらっと母親と並んで椅子に座りました。

どのお子さんも通学可能区域なら受験出来るので満員でした。

くじ引きが始まりました。

くじを引くたびにお母さん方の落胆した声が聞こえました。

たまに、「きゃ〜!!」と凄い悲鳴が上がった時は合格した時で、子供よりもお母さんのほうが喜んでいらっしゃいました。

また、しばらく落胆した声や沈黙が続き、いよいよ私の番になりました。

ジャラジャラ〜っとくじを回すと、白い玉が出ました。

母が「あ〜、残念だったね〜。」と惜しそうな顔をしていましたがすぐ笑顔に戻り、「運だから仕方ないね。」と結果を受け止めていました。

すると、隣の男の子とそのお母さんがくじ引きをしに前に行った時、「きゃ〜〜〜〜〜!」とその子のお母さんが叫び、「受かったっ、受かったっ、よかったあ〜〜〜!◯◯よかったね〜!」とすごく喜んでいました。

男の子はわけがわからない感じでした。

くじに当たった子はそのあと面接があり、問題がなければそれで合格になりました。

母は「あと一つ前だったら、◯◯が受かってたね〜。惜しかったね〜!」と残念そうな顔をしていましたが、すぐに「運だから仕方ないね。」と同じ事を自分に言い聞かせるように言っていました。

 

  • この記事を書いた人

巣ごもりママ

乳がんになりブログを始めた主婦です。(ASD・ADHD有り) 公立中学から進学した息子の幼い頃〜高校生の現在と大学受験の事が主な内容です。 遊んでいた知育玩具や問題集、夫の趣味(PC)などのせています。

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