正月休みに大学生の子供が実家へ帰省し、数日間の家族団欒を過ごしました。
子供との別れに寂しさを感じていた頃から、少しずつ自分の心境が変わってきたことを最近実感しています。
大学院進学や将来の進路を前にした、親としての今の気持ちを書いてみます。
正月休みに家族がそろう数日間
正月休みで、息子が久しぶりに家に帰ってきました。
家族全員がそろう数日間は、やはり賑やかで慌ただしく、食事の時間も会話も自然と増えます。
一人暮らしをしている大学生の子供にとって、実家で過ごす時間は「少し気が抜ける時間」なのかもしれません。親にとっては「今も家族でいられる時間」を確認するような日々でもありますね。
特別なことをするわけではありません。
それでも同じ空間で過ごし、同じ食卓を囲むだけで年末年始という時間には感慨深いものがあります。
子供との別れに慣れていく親の気持ち
数日間の家族団欒を終え、今朝、息子は父親の車に乗って家を出ていきました。
早朝の静かな時間帯、いつもより短い会話を交わして笑顔での見送りです。
数年前まではこうした別れがとても寂しく、少し涙ぐむこともありました。
「またしばらく会えない」という事実を、感情がうまく処理できなかったのだと思います。
けれど今は、その感覚にもすっかり慣れました。
慌ただしくも楽しい数日間を終えたあとに訪れる、静かな一人の時間を心地よいと感じている自分がいます。
泣いていた頃と、今の違い
泣かなくなったからといって、寂しさが消えたわけではありません。
ただ、寂しさの質が変わったのだと思います。
以前は「手元から離れていく不安」が大きかったのに対し、今は「それぞれの生活に戻っていく自然な流れ」として受け止められるようになりました。
むしろ最近は、子供の方が別れを惜しんでいるようにも見えます。
振り返って手を振る姿や、名残惜しそうな息子の態度を見ると、成長したのは私もかなと感じることがあります。
大学生の子供と進路の話
今年の夏には、大学院入試があります。
息子は二つの大学院を受ける予定です。
「結果がダメなら就職だよ」と、あらかじめ伝えています。
本人もそれを理解し納得しています。
もし両校に合格した場合は、周囲の人のアドバイスや、それぞれの先生方の研究内容も考えながら進学先を決めるようです。
親の知識の範囲では、すでに把握できない世界へ進んでいるのだと話を聞くたびに感じます。
親ができること、見守るという選択
だからこそ、今の私にできることは多くありません。
無理に導こうとせず、先回りして答えを用意することもせず、本人が選んだ道を受け止めることだけです。
大学院進学であれ就職であれ、本人が自分で考え、納得して決めた道であればそれでいいと思っています。
見送る朝の静けさの中で、子供が少しずつ親の手を必要としなくなっていくことを実感しますね。
それを寂しいと感じるよりも、「ここまで来たのだな」と静かに思えるようになった今の自分を「悪くないな」と思いながら、今日も一人の時間を過ごしています。